2008.11.05
今月のフォトギャラリーは観音堂消火訓練と大学生による防災マップの作品、そして雪ツバキの植栽風景です。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2008.10.01
今月のフォトギャラリーは8月19日より9月末まで行われた、宮城県石巻市の熊谷産業の屋根師職人による観音堂西面(後側)の屋根葺き作業の写真です。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2008.09.02
今月のフォトギャラリーは8月13日に罠にかかって檻に捕獲された野生の猿と8月31日に行われた観音堂境内で
の豊年盆踊りの風景です。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2008.08.01
8月31日(日)の夜、地元の若者たちが境内で盆踊りを開催します。その様子をライブカメラで見られるように
カメラアングルを調整したいと思っています。
今月のフォトギャラリーは境内のあじさいと観音様の夏祭、そして、町内主催の「あじさい&紅花祭り」の風景です。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2008.07.01
あじさいの開花状況は7月1日現在、ようやく咲き始めの一分咲き程度、7日頃から七月一杯が見頃と思います。
16日夜祭り、17日祭礼、21日はあじさい&紅花まつり
フォトギャラリー・白布温泉の源泉に祀られる、湯の神様の祭礼風景(6月12日)、渋谷家の設計図と尺杖の写真。
弘法大師の聖語掲示板、更新しました。
2008.06.03
フォトギャラリー・高野山の上杉家の墓所、並びに弘法大師が座禅入定されている奥の院へ、食事をお持ちする風景などを載せました。
聖語掲示板を更新しました。
2008.05.01
フォトギャラリー・山の神、雪囲い外し、仁王門のしだれ桜、幸徳院杯ゲートボール、白いタンポポ等、春の訪れの風景を載せました。
聖語掲示板を更新しました。
2008.04.02
フォトギャラリー・村念仏の写真を載せました。
聖語掲示板を更新しました。
来年の平成21年は笹野観音創建1200年を迎えます。
2008.03.03
観音堂の外観と内陣のライブ映像が見られるようになりました。
聖語掲示板を更新しました。
平成21年は創建1200年を迎え、記念の催しを計画中です。
2008.02.23
フォトギャラリー更新しました。
2008.02.04
十七堂祭(今年の写真)、聖語掲示板を更新しました。
来年NHK大河ドラマ主人公、直江兼続の当地情報収集中。
平成21年は創建1200年を迎え、記念の催しを計画中です。
2008.01.01
ホームページ開設しました。
9月29日、東北芸術工科大学と米沢女子短期大学の協同による文化財の防災について調査にいらっしゃいました。
成果を地区の文化祭に発表して頂き、当方も改めて防災に対する意識を深める機会となりました。
これまでも、その地域に伝承することに対し研究や保存に貢献されている若き学生の皆さんには、勝手ながら勉学の成果の恩恵を大きく期待したい所であります。
<2008.11.05>
10月に入りました。米沢はすっかり秋めいてきました。
先月の後半は雨の日も多く、はかどらない稲刈りに、農家の人は、ままならない天候に振り回された様です。
観音堂の屋根葺きも雨模様に、作業が滞る日は職人さん達も困惑気味でしたが、雨漏りして応急手当をしていた所もすっかり治り、お堂の後側で目立たないのが残念なくらい見事に葺き上がりました。これで一安心です。
<2008.10.01>
9月に入りました。米沢の今年の夏は、梅雨が明けてからがぐずついた天気が続き、夏のギラギラした日射しもそこそこに蒸し暑い日が例年にも増して多かった気がします。
1日現在、観音堂の後面の屋根の萱葺き作業をしています。この処の雨模様に作業も遅れて職人さん達も困惑気味ですが、天から降るものは何とも致し方ありません。
先の岩手の地震の後、この夏、日本各地で集中豪雨による被害が報道されます。秋の収穫、お米の作柄も気になります。自然の恵みで成り立つ私たちの生活。何はともあれ風雨順次、どうか自然の営みが穏やかでありますように。
<2008.09.02>
8月に入りました。米沢は雨が少なく早々の梅雨明けです。今年のあじさいは例年より花が小振りで、花保ちも幾分短いような気がしました。お盆が終われば、もう夏の終盤です。8月19日より観音堂の屋根葺き作業が始まる予定です。
今年は後の面(西側)を屋根葺きさんに葺いてもらいます。31日には豊作を祈って、奉納の盆踊りがあります。昔は立春から二百十日の9月1日に風祭の祭礼が行われ、その前夜祭に仮装し、にぎやかに踊ったと云います。
盆踊りといっても、笹野は先祖を慰めるのではなく、観音様に豊作を祈ります。途中二度途絶え、一昨年より郷土を愛する若者が集まり再開しました。
<2008.08.01>
7月に入りました。もう、一年の半分を過ごしてしまったかと考えますと少しむなしさもよぎりますが、気を取り直して強めに膝を叩いては「さて」と、後半に臨みたく存じます。
先月の19日、観音堂再建の大工棟梁、長井市の渋谷嘉蔵家をお伺いしました。
渋谷家には170年前に現場で使われた、板に書いた設計図や寸法を測った尺杖の実物が大切に保管されています。
来年の創建1200年の記念事業に、お借りし展示をしたいとお願いして、当主の八代渋谷嘉蔵氏よりご快諾頂きました。他の資料と共に、大勢の皆さんに見て頂けるよう、これから計画したいと思います。
<2008.07.01>
6月に入りました。米沢もすっかり田植えが終わり、のどかな田園風景はとても心地よくしてくれます。
先月の末、和歌山県の高野山に行ってきました。ケーブルカーで登る途中「シャガ」が、つつましくも花盛りで、笹野観音堂境内もカレンに咲いていますから、季節の進みは同じくらいかと感じてきました。
奥の院の直江兼続公夫人「お船の方」のお墓の側に在る二つの供養塔の読み取れる限られた文字は豊臣秀頼と母の淀殿の戒名似ているので、悲痛の死を遂げた豊臣親子の供養にと上杉家の墓所に建てられたのか、たまたま上杉家縁者と戒名が似てるのか、次の機会には線香を手向けて確認したいと思っています。
<2008.06.03>
5月に入りました。次々と花が咲き始め、日を追うごとに違った種類の山菜を食べ、時折ウグイスが鳴き、風は心地よく肌に触れ、春の訪れは出会うものの一つ一つが目や舌、耳や心を、その度毎に楽しませてくれます。
観音堂の雪囲いが除かれ、しだれ桜も早々と咲き、セキレイがせわしそうに尾を振り、久しぶりにスッキリした観音堂の回りで騒いでいます。春は体にも心にも嬉しい季節です。
セイヨウタンポポが増える中、境内に息づいている日本在来種の黄色い花のエゾタンポポと白い花のシロバナタンポポを守ろうと、これから二十年来駆除を心がけてきたセイヨウタンポポとの戦いが始まります。
<2008.05.01>
4月に入りました。当地もいよいよ春の訪れです。まだ雪の上を吹いて頬に当たる風は冷たいのですが、日に日に境内の積もった雪は減ってゆきます。杉の実を食べるのでしょう、杉林で野鳥の「かわらひわ」がにぎやかにさえずり、時折大群で観音堂を旋回しています。いなくなると、今度はリスも頻繁に出てくることでしょう。
今月中頃の日曜には、午前中に門前の方たちの雪囲いを外しの作業がライブカメラでご覧頂けるかもしれません。スッキリとした観音堂が間もなく現れます。
<2008.04.02>
この冬は驚くほど早くからの根雪に慌てさせられて始まり、前半は昨年の少雪に続いての少ない降雪、後半は雪降りと低温の日が続いて降雪量は平年並みとのこと。
それでもこの先、地球温暖化は確実に進むことでしょう。
桃の節句を迎え、このところ積雪も目に見えて減り、日射しにも春の兆しが感じられるようになりました。
三月は春に向けて自然の息吹が活動始める季節、人も社会も大きく環境が変わる時期を前にして、できるだけ自然に敬意をはらいながら、先ずは冬に縮んだ体を伸ばして、さー準備。
<2008.03.03>
今年は子年。各ページ下の枠にある写真は、観音堂の柱の上に 彫られたブドウつるの中のねずみの彫刻で、後の両角の二カ所 に在ります。
たえず動くことから働き者に喩えられ、ねずみ算などと昔より 子孫や資産が増えてゆく繁栄の象徴でもあります。
子年の守り本尊でもある千手観音様も産生と平穏を司り、諸願の成就にと昔から色んな方が願いを込めてお参りされました。
観音堂の彫刻の中からねずみを見つけ出すことが出来ましたら、今年は幸せの多い年となるやもしれません。
<2008.02.04>
米沢は11月18日という例年に無く早いまとまった初雪に突然見舞われ、庭木の雪囲いやリンゴ・秋野菜の収穫にと、皆さんが気ぜわしく作業に追われました。
「まさか!」、先頃、小泉元総理大臣が流行らせましたが、特に悪い事柄の思いがけない出来事は只々戸惑うばかりです。心の準備の無い中で起こる「まさか!」、冷静な判断と被害を最小限にする手だてが大切ならば、先ずは慌てないのが一番。
<2008.01.01>
昔、坂上田村麿呂が国家鎮護を願って観音菩薩を勧請し 弘仁元年(810)七月、現在の地に観音堂が落成し 永享年中、長井の高僧宥日上人が観音と羽黒の両尊を 直江兼続が祈祷師の養蔵坊清順に庄内羽黒山より勧請 以後、歴代藩主により五度の修理が行われる。 |
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天保14年、上杉十三代の斉憲公が観音堂を再建され 藩内各宗の寺院によって七日間にわたって落慶法要が 行われた。 藩主は月に三度、ご本尊の千手千眼観世音菩薩を祈願 され、また庶民に至るまで広く信仰されて、当地随一の観音霊場とされ、民芸品の笹野彫は、観音様参拝の縁起物として今に伝えられたものです。 本山は総本山を奈良の長谷寺に、大本山を東京音羽の護国寺に仰いで、真言宗豊山派に所属して現在に至っています。 |
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