ライブカメラ

笹野観音

お知らせ

2012.05.14

フォトギャラリーは「ご本尊開帳準備」
弘法大師のご聖語更新しました。

2012.04.14

フォトギャラリーは「西国霊場出開帳」
弘法大師のご聖語更新しました。

2012.03.09

ライブカメラ、今のところトラブルで見られません。しばらくご辛抱下さい。
フォトギャラリーは「24年2月の大雪」
弘法大師のご聖語更新しました。

2012.02.01

上旬中には観音堂の雪下ろしをします。
フォトギャラリーは「24年十七堂祭」
弘法大師のご聖語更新しました。

2012.01.01

1月3日、午前11時より大般若転読祈祷会。
1月17日(火)は笹野観音十七堂祭です。
午後2時より柴灯護摩、火渡りも行われます。
1月のフォトギャラリーは「23年餅つき」
弘法大師のご聖語更新しました。

2011.12.12

観音堂を始め諸堂は雪囲いのシートで覆われました。
12月のフォトギャラリーは「庭木の雪囲い」
弘法大師のご聖語更新しました。

2011.11.12

今月末には観音堂を始め諸堂の雪囲い作業が行われシートで覆われます。
11月のフォトギャラリーは「みちびき観音造立」
弘法大師のご聖語更新しました。

2011.10.09

今月中に大師堂の手前に「みちびき観音」のお像が造立される予定です。
10月のフォトギャラリーは、総本山長谷寺です。
弘法大師のご聖語更新しました。

2011.09.08

9月のフォトギャラリーは、奉納盆踊りです。
弘法大師のご聖語更新しました。

2011.08.11

8月27日(土)の夜、奉納盆踊り実行委員会主催の米沢最後の盆踊りが境内で行われます。
8月のフォトギャラリーは、夏祭り前夜祭です。
弘法大師のご聖語更新しました。

2011.07.08

7月のフォトギャラリーは白布温泉開湯700年の記念の年の源泉祭。笹野本町・加藤政治さんの写真を提供して頂きました。
弘法大師のご聖語更新しました。

2011.06.11

6月のフォトギャラリーは羽黒山。始めに米工生徒の課外授業での写真を、先生より提供して頂いた中から3枚を掲載しました。
弘法大師のご聖語更新しました。

2011.05.01

5月のフォトギャラリーは、中笹野の山ノ神の祭礼です。所々、山ノ神講中の方に撮って頂きました。
弘法大師のご聖語更新しました。

2011.04.01

4月のフォトギャラリーは、笹野の村念仏です。コメントは写真内容にかかわらず念仏の次第を貼り付けました。
弘法大師のご聖語更新しました。

2011.03.01

3月のフォトギャラリーは、笹野観音参拝の縁起物として伝わる笹野彫を実演販売する笹野民芸館です。
弘法大師のご聖語更新しました。

2011.02.01

2月のフォトギャラリーは今年の十七堂祭です。
弘法大師のご聖語更新しました 。

2011.01.01

正月行事・1月1日の午前0時より元旦護摩祈祷。
1月3日(月) 11時より大般若転読のご祈祷。
1月17日(月)は笹野観音十七堂祭です。

 

思いのまま一言

 今年は出羽国の建国1300年、置賜観音霊場のご本尊ご開帳が5月1日より10月末までの半年間行われます。
 ご本尊の観音様を宮殿よりお出しするため、息がかからないよう、直に手で触れないようにとマスクと手袋を用意しましたが、軽くは無く、持ち安くも無いことから使用をやめての作業に。ご無礼ながら観音様にご容赦頂くことになりました。
<2012.05.14>

 西国33観音霊場札所会が「平成の東北出開帳」と銘打ち、東日本大震災から一年を迎えようとする3月6日より8日までの3日間、宮城県利府町にある県総合運動公園グランディ21で行われました。
初日お参りしました時の写真をフォトギャラリーに載せました。
被災物故者の精霊が安らかでありますように。
被災地の一日も早い復興がなりますように。
<2012.04.14>

 やはり今年は大雪でした。除雪作業による事故が大変多かったとのこと。雪国の宿命として油断無く対処できれば良いのですが、若ければ体験の不足や高齢ならば体力と気力の衰え、中堅の年代は時間に追われて状況に対応出来ない危険が何度となく巡る中で、たまたま難を逃れて生きているのではないかとつくづく考えさせられます。
<2012.03.09>

 今年は大雪のようです。まだ冬の半ばなのですが 2回目の観音堂の雪下ろしを上旬には行わなければと思っています
 昨年は立春を過ぎたら降る雪の分は消えていましたので、今年もそうあってほしいなあと密かに期待はしますが、辛いときほど「ひょうひょう」として過ごしたいもの。
<2012.02.01>

 南にそびえる吾妻山は米沢を雪深い土地と決定づけますが水源を一手に担い田畑を潤し、この度は放射能拡散の「ついたて」にもなりました。
 その分、どこか他の場所に余分に放射能が降り落ちたのですから心境はとても複雑です。
 物事の一時の断片だけを見て、自分の都合だけを基準に善し悪しを判断してはいないか。せめて人や自然に迷惑をかけないよう心がけなければ。
<2012.01.01>

 昔から恩恵を受けて生かされてきたはずなのに人は何時から大自然に対する畏敬の念を忘れてしまったのでしょう。
 環境に、共に生きる「なかま」にも謙虚と配慮の心を失い、自分の快適を何よりも最優先に考える。
 自己中心に上辺の知識を振りかざして、どれだけ大自然の営みや人を傷つけてきたのでしょう。
<2011.12.12>

 「みちびき観音」は九十を超える老婦人を筆頭に6人の兄弟姉妹の発願により造立されました。
10月23日に行われた観音像の開眼式では、多くの方が「おみちびき」にご加護がありますよう祈りましたが、東日本大震災被災者の方々の慰霊と復興や世界平和、万民豊楽を願わずにはいられません。
<2011.11.12>

 十七堂祭を行う山伏衆の12名で高野山と長谷寺参拝を寝台車泊を含む二泊三日で行ってきました。
 日本の観音信仰の原点とも言える長谷寺の観音様は、そのご威光を肌で感じるほどの「ありがたさ」に満ち、やっぱり日本一の観音様でした。
<2011.10.09>

 原発被災地の犬や猫の里親や一時預かりできる人を募集するチラシの張り出しの依頼を受けました。
現地では出産ラッシュで、次々カラスに食べられている悲惨な現状。預かる人がいないと保護ができず餓死や凍死を迎える冬まで一匹でも多く助けたいとのこと。可能な方は中継ぎの「かもしだ」さんまでご連絡を。yoshie.kamo9119@nifty.com
<2011.09.08>

 笹野の盆踊りは昔より八朔の前夜、新暦では8月31日に豊作を願って行われてきました。
これまで途中2・3度、中断がありましたが笹野の若衆が日にちを土曜や日曜に前倒して再開、今年が7回目の盆踊りとのこと。今回は踊りや仮装の審査もして賞品を用意すると会長は張り切っていました。
<2011.08.11>

 白布温泉開湯700年、昨年より今年、来年と3カ年に亘って感謝祭のイベントが展開されています。スタンプラリーは笹野観音を始め、米沢の8カ所を巡って白布温泉がゴール。アッと言う間にスタンプの台紙が無くなってしまいます。
 米沢商業学校野球部の皆さんが夏の大会を前に座禅を体験して行かれました。大人の身体なのに初々しさを放つ集団を前に、これから人として旬を迎える若者達をチョッピリ羨ましく感じながら米商野球部、ガンバレ!
<2011.07.08>

 地元の米沢工業高校の課外授業で、グループの一つが境内のゴミ拾いの清掃奉仕とそば打体験で笹野に訪れました。観音堂の彫刻等を説明する中、後神の羽黒大権現の前の写真もありましたので、フォトギャラリーは分霊元の庄内の羽黒山です。
 6月6日の羽黒山境内にはまだ雪が残っていて、屋根葺き作業や地震でゆがんだ屋根の修理作業をしていました。
<2011.06.11>

 この度の震災では観音堂の屋根葺きを依頼している石巻の熊谷産業も社屋等、津波に流されて大きな被害があったと連絡を受けました。
「人命に関わることが無くて本当に良かった」とのことでしたが、どう捉えたら良いのか複雑です。
 しばらくして、東京駅の屋根に使用する石の板が津波に流されたのを請け負っていた熊谷産業の人達が拾い集めた新聞の記事をみて、笹野観音堂の屋根は誇り高い職人さんを抱える会社にお願いしているんだと改めて思いました。
<2011.05.01>

 突然に襲った大地震のあまりにも大きすぎる被害。連日の報道は復興の兆しどころか、日に日に被害の影響が拡大しているかのようです。
 再会に抱き合いながら「命があっただけで充分」とのテレビ映像。互いに慰め合っているのか、自らに言い聞かせているのか、この時を過ぎれば現実は辛抱と不安の日々が続きます。地獄絵のような中で家族を亡くし、家や仕事場を失った人に「頑張って」といつまでも辛抱を強いて良いはずはありません。
 我慢は期限が見えなければいまだ地獄の中。災害が国難ならば国民みんなの住民サービスを切り詰めても、早く被災者の辛抱の先にある生活の手だてを示すことがやがて国益に叶うのかと。被災者の方々が遠からず「命があったから」と思えますように。
<2011.04.01>

3月1日現在、境内の積雪は1メートルを超えた程。
雪の上を吹く風は冷たくても日差しはもう春。時折、雪が降っても雪は確実に減ってゆくことでしょう。
「火山灰で無いから良いよね」との声。九州宮崎ではこれから本番を迎える田畑の作付けやその生育にどんな影響があるのかと大変気になります。
<2011.03.01>

ここ数年、比較的に雪の量が少ない年が続きましたが小寒に入って雪の日が続きだしたら、あれよあれよと言う間に本来の冬の光景になってしまいました。
観音様も1月23日に屋根の雪下ろしして頂きました。
ニュースでは豪雪の事故や災害が連日報道されます。
間もなく冬も折り返し、苦にせず、そして油断無く。
<2011.02.01>

明けましておめでとうございます。今年は天候穏やかで、社会は良い方に向かうよう期待したいところです。
初縁日の十七堂祭は境内に縁起物の笹野彫や笹野花が花小屋で売られます。午後2時より柴燈護摩の祈祷。
火渡りも行われます。どうぞご参拝下さい。
<2011.01.01>


由緒

昔、坂上田村麿呂が国家鎮護を願って観音菩薩を勧請し
また、旅の僧が霊木を刻み鎮守として村人に祀らしめ
背後の笹野山(斜平山・なでらやま)の中腹に観音堂
と羽黒権現の社があったと伝えられている。

弘仁元年(810)七月、現在の地に観音堂が落成し
観音菩薩と羽黒権現をお祀りし、会津の高僧徳一上人
により入仏供養が行われた。

永享年中、長井の高僧宥日上人が観音と羽黒の両尊を
秘仏とし、新たに刻んだ千手千眼観世音菩薩をご本尊
としてお祀りする。

直江兼続が祈祷師の養蔵坊清順に庄内羽黒山より勧請
させたと伝える羽黒大権現を後神としてお祀りする。

以後、歴代藩主により五度の修理が行われる。
安永8年、上杉鷹山公が観音堂を再建される。
天保4年、観音堂炎上、秘仏を除いて焼失する。

笹野観音

天保14年、上杉十三代の斉憲公が観音堂を再建され 藩内各宗の寺院によって七日間にわたって落慶法要が 行われた。

藩主は月に三度、ご本尊の千手千眼観世音菩薩を祈願 され、また庶民に至るまで広く信仰されて、当地随一の観音霊場とされ、民芸品の笹野彫は、観音様参拝の縁起物として今に伝えられたものです。

本山は総本山を奈良の長谷寺に、大本山を東京音羽の護国寺に仰いで、真言宗豊山派に所属して現在に至っています。