2010.02.01
フォトギャラリーは「米工写真部・十七堂祭@」今回は前半として米沢工業高校写真部の樋口弘人君
と斎藤龍也君の写真データより勝手に選択して掲載させて頂きました。有り難うございました。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2010.01.01
1月3日の大般若祈祷ご希望の方は午前10時半までに受付をお願い致します。
1月17日の十七堂祭、柴燈護摩の御祈祷や火渡りを希望される方は1時半までに受付をして下さい。
フォトギャラリーは「21年晩秋より初冬」です。弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2009.12.01
1200年祭の記念誌「笹野観音」の問い合わせを頂いておりますが、有償1000円でお分けすることにしました。所望の方は札場にお出で下さい。
フォトギャラリーは1200年祭総集編です。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2009.11.06
10月18日に創建1200年慶讃法要を行い、記念の行事が全て終わりました。
フォトギャラリーはその法要風景です。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2009.10.13
10月18日の午後2時より、創建1200年の慶讃法要は、大般若経転読の御祈祷で最後を締めくくります。
フォトギャラリーは一切経蔵修復工事(後半)です。
弘法大師の聖語掲示板は更新出来ませんでした。
2009.09.03
10月18日まで、ご本尊様を開帳をしています。
風雨の日以外は観音堂の中でお参りが出来ます。
どうぞご参拝下さい。
フォトギャラリーは笹野観音奉納盆踊りです。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2009.08.01
10月18日まで、ご本尊の千手千眼観世音菩薩と
脇士の地蔵菩菩薩、毘沙門天の三尊の開帳をしてい
ます。風雨の強い日以外は観音堂の中でのお参りが
出来ます。お近くの方は、どうぞご参拝下さい。
フォトギャラリーは1200年祭の夏の催しです。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2009.07.04
今月11日より10月18日まで、お前立ち御本尊を宮殿よりお出しして開帳します。風雨の時以外は直接拝むことも出来ます。観音堂ゆかりの文化財展も今月20日まで開催します。
フォトギャラリーは観音堂の屋根葺き作業の写真です。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2009.06.05
今月半ばより観音堂の屋根葺き作業が始まる予定です。
今年は北側、正面より見て右横の面になりますので
ライブカメラで葺き替えの様子が見えると思います。
フォトギャラリーは一切経蔵の本体移転の写真です。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2009.05.03
笹野観音創建1200年の中心記念事業である一切経蔵の改修工事がいよいよ始まりました。
中の棟札には「一切経蔵假一宇」の文字が、何と元々が仮の建物だったかと驚いた次第です。これから観音堂の資料展示の物件を当たり、ポスターを制作して市内各所に張り出したいと考えております。
フォトギャラリーは昨年秋の高野山の上杉家の墓地です。弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2009.04.05
今月のフォトギャラリーは参道への石灯籠移転工事、後半の大部分の写真を作業した紫雲堂の方にお願いしました。
直江兼続公・弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2009.03.03
今月のフォトギャラリーは笹野観音の関連写真が撮れなく、 節分前日に参拝した浅草の観音様の模様です。 弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2009.02.01
今年は笹野観音堂の創建1200年を迎え、春より天気の良い日はお堂の扉をなるべく開いて、ご本尊の千手観音様
のお姿を参拝の方が直接拝めるようにと考えております。
7月には資料展示、10月には写真展や慶讃法要等それぞれ十日間ほど記念行事を行う予定です。
フォトギャラリーは今年行われた十七堂祭の模様です。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2009.01.01
今年初めてのフォトギャラリーは、創建1200年の記念事業の一つで、昔、参道に在ったという発心門再建の工事の模様です。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2008.12.01
今月のフォトギャラリーは先月9日に行われた、来年の屋根葺きに使う萱苅りの作業と、20日の雪の風景です。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2008.11.05
今月のフォトギャラリーは観音堂消火訓練と大学生による防災マップの作品、そして雪ツバキの植栽風景です。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2008.10.01
今月のフォトギャラリーは8月19日より9月末まで行われた、宮城県石巻市の熊谷産業の屋根師職人による観音堂西面(後側)の屋根葺き作業の写真です。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2008.09.02
今月のフォトギャラリーは8月13日に罠にかかって檻に捕獲された野生の猿と8月31日に行われた観音堂境内で
の豊年盆踊りの風景です。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2008.08.01
8月31日(日)の夜、地元の若者たちが境内で盆踊りを開催します。その様子をライブカメラで見られるように
カメラアングルを調整したいと思っています。
今月のフォトギャラリーは境内のあじさいと観音様の夏祭、そして、町内主催の「あじさい&紅花祭り」の風景です。
弘法大師の聖語掲示板を更新しました。
2008.07.01
あじさいの開花状況は7月1日現在、ようやく咲き始めの一分咲き程度、7日頃から七月一杯が見頃と思います。
16日夜祭り、17日祭礼、21日はあじさい&紅花まつり
フォトギャラリー・白布温泉の源泉に祀られる、湯の神様の祭礼風景(6月12日)、渋谷家の設計図と尺杖の写真。
弘法大師の聖語掲示板、更新しました。
先月17日の十七堂祭は日曜日とあって、柴燈護摩のご祈祷の後に行われる火渡りは150人程の人が参加されました。外国の方もお札を手に何人も火を
渡り、国際色の彩りに今年は大変華やかでした。
この冬初めての雪下ろしが門前衆の方たちによって1月24日の日曜日に行われました。観音堂の屋根の雪が下ろされ、見ている自分の頭も軽くなったよ
うです。しばらくは気分爽快です。
<2010.02.01>
一年を通して創建1200年祭で明け暮れた昨年を無事終え、安堵の思いで迎えた今年は気にかけながらも手着かずにいた事を少しずつ片付て行こうと思っています。長年後回しになっている訳でありますので「自らにムチを打って」と密かに誓っています。
<2010.01.01>
創建1200年祭が終わって一ヶ月半、例年に無い早い初雪もあってか境内も静かに冬の訪れを待っているかのようです。
12月6日の朝8時より観音堂の雪囲い作業が門前衆によって行われ、ライブカメラで様子がご覧頂けるかと思います。
<2009.12.01>
慶讃法要が終わって数日後、男の方がお出でになり法要の模様をユーチューブの動画に載せたとのこと。
興味のある方はどうぞ。
長期に亘った1200年祭が終え、地元の色んな方のご協力を頂いたことが、一つ一つ思い起こされて
この処、安堵と感謝の交錯する日々を過ごしています。有り難うございました。少しタガがゆるみ過ぎかと感じた頃の11月2日の夕方に初雪が降り出し慌てて背筋を伸ばしたところです。
<2009.11.06>
1200年祭、秋の部の催しの準備に追われ、十月の更新が大きく遅れました。何回かアクセスされた方もいらしたことでしょう。申し訳ありません。
9月27日、改修された一切経蔵に南原小学校の生徒の皆さんが、親子奉仕活動として仮安置されていたお経の本175函を収めて頂きました。
有り難うございました。
<2009.10.13>
1200年祭秋の部に向けて、地元の南原小学校と南原中学校から、依頼していた絵画が届きました。
どうも有り難うございました。
一般の方にも俳句を募集しており、米沢在住の写真家、松本正光氏の写真展と共に幸徳院の摩尼殿にて10月9日より15日の間、展示致します。
どうぞ、ご期待下さい。
<2009.09.03>
1200年祭夏の部の催しが終わりました。文化財展初日の講演会は、市文化課課長の村野氏が観音堂の歴史、長井市教育委員会の岩崎氏が文化財、長井工高教頭の白石氏は建造物について、それぞれ専門の立場で観音堂の講演をして下さいました。
観音堂の設計図等をお借りした長井市寺泉の大工棟梁子孫の渋谷嘉蔵氏夫妻もお出で下さり、有意義な講演会となりました。有り難うございました。
<2009.08.01>
七月を待たずに、あじさいが色づき始めました。
1200年祭夏の催し、観音堂ゆかりの文化財展は大工棟梁の渋谷嘉蔵氏宅に大切に保管されてきました観音堂の板に書かれた設計図」と当時の現場で物差しとして使われた尺杖を、長井市のご当家よりお借りし展示します。
奉納の俳句も「ささのの里」・「米沢郷土関係」の題材で9月5日まで募集していますが、思ったより投句されていて安心しています。
<2009.07.04>
笹野観音創建1200年祭のポスターがようやく出来ました。あちこちに貼って周知に努めたいと思います。
7月には「観音堂ゆかりの文化財展」を催します。
奉納の俳句も「ささのの里」・「米沢郷土関係」の題材で6月1日〜9月5日の期間で募集しています。地元の小、中学校にも写生をして頂くことになり、この夏は少しにぎやかになりそうです。
<2009.06.05>
今月の写真は昨年の10月に再び高野山の上杉家墓地を尋ねた時のものです。
上杉3、4代藩主と会津保科家より嫁いだ四代正室媛姫様のお墓の隣に並んで、直江兼続公夫人「おせん」の方のお墓と豊臣秀吉公の側室である淀殿と秀頼公と思われるお墓があります。後から建てられる藩主のお墓の為に移動したとも考えられます。
もっと文字が刻まれているのですが土に埋まっていたり苔が生えたりして、こすり落としたい気持ちを懸命に抑え、残念ながら年代や建立者の判別つきませんでした。
在るべき直江兼続公がおせんの方のさや堂に一緒に祀られ、縁在った豊臣母子と四人仲良く、時に徳川家康への思いなども話されたかと思えてなりません。
<2009.05.03>
先月、小野川温泉の旭屋旅館に泊まる機会がありました。
廊下の飾り棚には「天地人」主人公の直江兼続公が、「愛」の兜を付けて他の陳列物とともに、さりげなく飾られていました。木彫りと思いきや、水野氏作の成島焼きで、5年程前にと主人の弁。焼き物とは驚き、写真を撮らせて頂き直江兼続のページに載せることにしました。
<2009.04.05>
2月末より3回、日曜日の朝に「米沢」天地人博&温泉と銘打った、JR東日本と米沢市各団体協賛の仙台発モニターツアーの団体参拝者に直江兼続公と観音堂の説明を依頼されて2回行いました。話す内容と説明する言葉を随分とそぎ落として、春に向け準備しなければと感じております。
<2009.03.03>
いよいよ新しい年が開けたと思っていましたらもう2月、一年の12分の1がアッという間に過ぎてしまいました。
毎年のように、随分先の事が気になって先のことなのに後からせかされているかのように、何となく落ち着かないまま一年が過ぎてしまいます。
今年は先のことをあれもこれもとあまり考えないで、目の前の事柄に「順序よく一つ、そしてまた一つ、丁寧に、淡々と」を、心がけたいと思っています。
<2009.02.01>
今年は笹野観音創建1200年、記念事業を行います。
NHK大河ドラマ「天地人」放映と重なり、直江兼続公は観音堂の後神として祀る羽黒権現を庄内の羽黒山より勧請され、また境内には60挺の鉄砲を配備しました。
参拝者の説明パンフレットを用意しようと考えています。
昨年は大規模な地震や水害などの自然災害、大きな事故や凶悪事件、突然の不況の嵐。今年はひたすら耐え忍ぶ時期なのでしょうか。人の売る分まで自分が売らないと利益が無い価格競争と自己中心の消費生活が極まったのか、百年に一度と云われる大不況。地域の仲間と互いに助け合ってこそ成り立つ一時代前の生活を思い起こして個人が在っての社会か、社会の中の一個人か、基準を修正したいもの。
<2009.01.01>
今年も早、最後の月。秋がもう一月あればと、毎年懲りずに同じ事を思うのは進歩が無いのか、溜息が漏れます。
昨年も同じ頃にいきなり50センチの雪が降って慌てましたが、境内は今年も11月20日に30センチの雪。
冬支度に追われる雪国は晩秋の晴れ間がとても貴重です。
早い雪が2年も同じように続きますと、これからは対応もそれなりに考えなければと少し心が重くなります。
<2008.12.01>
9月29日、東北芸術工科大学と米沢女子短期大学の協同による文化財の防災について調査にいらっしゃいました。
成果を地区の文化祭に発表して頂き、当方も改めて防災に対する意識を深める機会となりました。
これまでも、その地域に伝承することに対し研究や保存に貢献されている若き学生の皆さんには、勝手ながら勉学の成果の恩恵を大きく期待したい所であります。
<2008.11.05>
10月に入りました。米沢はすっかり秋めいてきました。
先月の後半は雨の日も多く、はかどらない稲刈りに、農家の人は、ままならない天候に振り回された様です。
観音堂の屋根葺きも雨模様に、作業が滞る日は職人さん達も困惑気味でしたが、雨漏りして応急手当をしていた所もすっかり治り、お堂の後側で目立たないのが残念なくらい見事に葺き上がりました。これで一安心です。
<2008.10.01>
9月に入りました。米沢の今年の夏は、梅雨が明けてからがぐずついた天気が続き、夏のギラギラした日射しもそこそこに蒸し暑い日が例年にも増して多かった気がします。
1日現在、観音堂の後面の屋根の萱葺き作業をしています。この処の雨模様に作業も遅れて職人さん達も困惑気味ですが、天から降るものは何とも致し方ありません。
先の岩手の地震の後、この夏、日本各地で集中豪雨による被害が報道されます。秋の収穫、お米の作柄も気になります。自然の恵みで成り立つ私たちの生活。何はともあれ風雨順次、どうか自然の営みが穏やかでありますように。
<2008.09.02>
8月に入りました。米沢は雨が少なく早々の梅雨明けです。今年のあじさいは例年より花が小振りで、花保ちも幾分短いような気がしました。お盆が終われば、もう夏の終盤です。8月19日より観音堂の屋根葺き作業が始まる予定です。
今年は後の面(西側)を屋根葺きさんに葺いてもらいます。31日には豊作を祈って、奉納の盆踊りがあります。昔は立春から二百十日の9月1日に風祭の祭礼が行われ、その前夜祭に仮装し、にぎやかに踊ったと云います。
盆踊りといっても、笹野は先祖を慰めるのではなく、観音様に豊作を祈ります。途中二度途絶え、一昨年より郷土を愛する若者が集まり再開しました。
<2008.08.01>
7月に入りました。もう、一年の半分を過ごしてしまったかと考えますと少しむなしさもよぎりますが、気を取り直して強めに膝を叩いては「さて」と、後半に臨みたく存じます。
先月の19日、観音堂再建の大工棟梁、長井市の渋谷嘉蔵家をお伺いしました。
渋谷家には170年前に現場で使われた、板に書いた設計図や寸法を測った尺杖の実物が大切に保管されています。
来年の創建1200年の記念事業に、お借りし展示をしたいとお願いして、当主の八代渋谷嘉蔵氏よりご快諾頂きました。他の資料と共に、大勢の皆さんに見て頂けるよう、これから計画したいと思います。
昔、坂上田村麿呂が国家鎮護を願って観音菩薩を勧請し 弘仁元年(810)七月、現在の地に観音堂が落成し 永享年中、長井の高僧宥日上人が観音と羽黒の両尊を 直江兼続が祈祷師の養蔵坊清順に庄内羽黒山より勧請 以後、歴代藩主により五度の修理が行われる。 |
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天保14年、上杉十三代の斉憲公が観音堂を再建され 藩内各宗の寺院によって七日間にわたって落慶法要が 行われた。 藩主は月に三度、ご本尊の千手千眼観世音菩薩を祈願 され、また庶民に至るまで広く信仰されて、当地随一の観音霊場とされ、民芸品の笹野彫は、観音様参拝の縁起物として今に伝えられたものです。 本山は総本山を奈良の長谷寺に、大本山を東京音羽の護国寺に仰いで、真言宗豊山派に所属して現在に至っています。 |
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